2026 年 5 月 18 日
リビングウィルと人生会議 ー 気持ちが少し明るくなりました
同タイトルの講演会に参加した。講師は杉浦敏之氏、医師である。以下は講演内容の要約であるが、一昨年母を亡くし、それを機会にリビングウィルの会員になったわけで、次は自分ごととして考えさせられた。
氏によると「できる限りの治療をして」「できるだけ長生きさせて」というのは、多くは家族の満足のためで、延命治療は本人にとって苦痛であるケースも多いという。また「命より大切なものはない」は本当だろうかとも疑問をなげかける。例えば、脳溢血の場合、生きていても寝たきりのケースがあるが、家族の負担が大きい現実がある。大切なことはそれぞれの人間が思うように生きられることではないかと。
そうなると、誰もがあり得る“そうなったときのこと”をあらかじめ話し合っておくことが大切で、厚生労働省も勧めている、これが「人生会議」だと。つまり漠然と思っているだけではダメで、普段から家族で話し合っておき、医師にも伝えておくべきだと。
例えば、口から食事ができなくなると、胃ろうを希望する家族が多いそうだが、これを途中でやめることはほぼ不可能だという。現実に胃ろうを希望した家族が、意思表示ができない患者の看病に疲れ、家族も歳を取り「もうやめてください」というケースがあるというが、医師はやめる決定はできないし、家族の意向はまず通らないという。胃ろうを始める時点で本人の意思がはっきりしていれば、しないという選択ができる。
口から食事ができなくなると、そのままでは2週間程度で死を迎えるという。私は母のその時に輸液を希望したが、これが本人の負担になり最終的に1日あたり500cc程度になった。これでは栄養が不足なので体は筋肉から栄養を取る。それによって痩せ細り、顔が変わってしまうことが多いらしい。母はそれほど変わりはしなかったと思うが、反省。輸液をしなければ元の体で死を迎えることができたのではないかと。
リビングウィルは、緩和治療を望むものであり、延命治療を望むものではない。これに賛同して会員になったわけだが、講演をとおしてさらに実感した。死について話し合うことを多くの人は“縁起でもない”という。でもそれは、それまでをいかに良く生きるかを話し合うことであり、健康的なことである。
私は20歳代の時、草柳大蔵氏の「あなたの死にがいは何ですか」という本を読んだ。当時の若者は「生きがい」「やりがい」「働きがい」などの言葉がブームで世の中はイケイケの社会であったが、死を意識することは今をどう生きるべきかにつながるわけで、久しぶりに気持ちが明るくなった。
リビングウィル宣言(日本尊厳死教会)
□私に死が迫っている場合や意識のない状態が長く続いた場合は、死期を延
ばすためだけの医療行為は希望しません。
□ただし、私の心や身体の苦痛を和らげるための緩和ケアは、医療用麻薬な
どの使用を含めて充分に行ってください。
□以上の2点を代諾者や医療・ケアに関わる関係者は、繰り返し話し合い、
私の希望を叶えてください。
代表
関根健夫( 昭和30年生 )