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2025 年 10 月 25 日

思い出を売る男を観ました ― 地味だが哀愁を感じる作品

 ミュージカル「思い出を売る男」を観た。
 劇団四季では戦後3部作として「李香蘭」「異国の丘」「南十字星」のミュージカル劇があるが、どれも戦後の日本人が忘れてはならない歴史を描いていて重みのある観るべき作品だと思う。
 今回の「思い出を売る男」は、劇団四季の主催ではないが、創始者である浅利慶太氏の思い入れの作品だそうで、出演者は劇団四季のメンバーで先の戦後3作品に続く4作目ともいえるもので、かねてからチャンスがあれば観たいと思っていた。
 原作は1950年(昭和25年)に発表されたもので、作者も徴兵されてニューギニア戦線に送られたという。太平洋戦争末期のことだそうで、前線に送られても戦いにもならず、餓えと伝染病で惨めな生活を経て帰国した経験を背景に書かれたものだそうだ。それを浅利氏が1990年代に戯曲化したものであまり頻繁に興行されてはいない。今回もたった1週間だけ自由劇場での興行だった。

 舞台は東京の下町、バラックが立ち並ぶ闇市の一画に、戦争帰りの男が「思い出を売ります」との店を開く。もちろんお客はほとんどいないが、通りがかりの元軍人や身を持ち崩した女性、祖国から連れてこられた駐留アメリカ軍人、警察に追われる男などと会話をする。彼らからは戦争や戦後の混乱期以前の思い出話を聞く。話をした人たちはかつての平穏な時期や幸せだった出来事を思い出して感動し、少しばかりの明日への希望を取り戻す。その対価として彼は少しばかりのお金をいただくというわけだ。ある人には無料で良いですよと言い、ある人はチップとして要求以上の金を置いて行く。

 昭和20年代、日本は進駐軍の統治下で戦後の混乱期、人々は希望を持てない辛い日々を送っていたに違いない。したがって、ストーリー展開や台詞は地味で若い世代には実感が湧かない展開だろう。
 私はその時代に生まれてはいないが、父や母からそういった時代の苦労話を聞いた記憶がある。昭和25年といえば私が生まれる数年前のことだ。
 私の幼少期、昭和30年代も今と比べればはるかに貧しい時代だった。ポリバケツもプラスチック袋もない時代、家庭の生ゴミは道路脇に置かれた木の箱に入れるシステム、下水もないので町のそこ此処に悪臭が漂っていた。もちろん、冷蔵庫もテレビも洗濯機もない不便な時代、それを知っている。

 地味なミュージカル劇ではあったが、戦後世代の私も哀愁を感じる作品だった。チャンスがあれば是非ご覧あれ。

代表

関根健夫( 昭和30年生 )